「進化心理学」の感想 (23 Dec, 2022)

年内最後の授業。今回は1限、2限とも利他行動の進化について。大雪でたいへんな日で若干遅刻。今年は広島には珍しく (うちがある山間部は少なくとも) ホワイトクリスマスになった。

社会的アイデンティティ理論について、他の授業でも聞いたことがありましたが、今回の授業でさらに詳しく理解することが出来たと思います。

僕はかなり社会的アイデンティティ理論については批判的なので、そこは割り引いて聞いた方がいいかもしれません。

ミツバチなどの真社会性動物であれば郡淘汰で説明できるように思うのですが、先生はどうお考えですか?

それは「群淘汰」を持ち出すまでもなくて「血縁淘汰」で決着がつく問題でしょう。

恋愛に関するリアクションペイパーに対してのコメントがかなり辛口でしたが、大学生時代に辛い経験をされたのでしょうか? ウェスターマーク効果は実の子供と養子の子供同士では起こることはないのでしょうか? 競馬の馬は近親間で子供を作ることで足の速い個体を作るということを聞いたことがあるのですが、人間もある特定の領域に強い個体が生まれるのでしょうか?

1つ目、恋愛で若い頃に辛い経験をしたことのない人は本物ではありません。2つ目、ウェスターマーク効果は実の子どもか養子かにかかわらず起こるものです。3つ目、競走馬が近親間で交配することによって速い個体を作るという話については、知りませんが、もしそういうことがあるとすれば、足を速くするような遺伝子が劣勢である場合があるかもしれません。しかし、これは人為交配の話で、当然自然界での淘汰ではまた異なるメカニズムが働くと考えられます。

社会的ジレンマに対しての人を使った実験でよく金銭が用いられるのはどうしてですか?

人はお金がほしいからです。

SITの、人が内集団に協力する理由の説明に関するトートロジーについて、私はむしろ「内集団に協力したい」のではなく「外集団に協力したくない」の方にこそ光明があるのではないかと考えます。内集団への好意と外集団への敵意が並列して生じるのではなく、外集団への敵意はよりその社会に属する人数を絞るためであり、内集団への好意はその反動や敵意の生成を安定させるためのものという説明は出来ないでしょうか。

外集団への敵意に注目する研究者もいます。しかし、内集団への好意が敵意の生成を安定させるもの、という考え方は、個体の利益という点を考えると疑問です。敵意を生成することで利益を得るのは一体誰なのでしょうか? 「集団全体の利益」みたいなものを考えないとそれは説明できないと思います。

ゆきすごいですね。かつて中西先生が実験社会心理学で話されたあのクリスマスのお話をおもいだしました。

就職活動でインターンシップのイベントに行った際、カジュアルな服装でお越しくださいと書いてあったのですが、9割がスーツでした。人はその服装で行ったら0点以下にはならないという戦略を取るということでしょうか?

クリスマスの話は多分サンタさんの話だと思うが、そのくらいサンタさんは大事なものなのだと力説したい。「カジュアルな服装でお越しください」と言っている以上、カジュアルな服装で行くべきだと思うが、「そう言われたからといって本当にカジュアルな服装で来やがって」みたいなことを言うあんぽんたんがいるので要注意なのです。

第10回の内容が大変難しく感じました。数式が出てくるとたとえ簡単でも頭がパニックに陥るので理解が難しかったです。

申し訳ない。

この授業のテストは、Moodle上で行いますか? それとも、紙で行いますか?

もちろん、教室で紙でやります。

繊細なHSPの人たちは、進化の面においてどのようなメリットが考えられますか??

その問題については考えたことがないのですが、繊細戦略と非繊細戦略で、同じくらいの利得を達成できるのであれば、世の中に繊細パーソンと非繊細パーソンが共存することはあり得そうです。繊細なことと繊細じゃないことのメリット・デメリットはそれぞれあると思います。

人間関係において同じ環境に留まり続けることは安心感があるため、関係を切ったり抜け出す事に不安を感じ留まってしまうことがあります。それは新しい人と出会うチャンスを失っているように思えますがどうしたら元の関係に固執せず新しい関係に踏み込むことができるのでしょうか。

これはとても難しい問題です。「元の関係に固執」しないほうがいいかどうかも環境によるからです。例えば僕が今妻と離婚したほうがいいかどうか、なんてことは今この時点で言えることではないですよね。しません。

そして気になったのですが、社会的ジレンマの実験で子供を使った実験ってあるのでしょうか? 協力などが本能的なものであるとするなら外聞を気にする大人をわざわざ使う必要性があるとは思えません。けど子供が外見を気にしてないと言うのは僕の偏見かもしれません。それはそうと今年作った中で一番の出来のダジャレを披露したいと思います。「見え透いたエース」

子どもが外見を気にしていないというのは嘘で、子どもも偏見を持っています。5歳ぐらいの子どもでも外見によって差別することが分かっていたと思います。ところで、「見え透いたエース」のどこがどういうふうに駄洒落か分からなくて困っていますが、「駄洒落を説明しろ」と言われるのが一番つらいので、あえて聞かないでおきます。きっと誰かが教えてくれると思って待っています。