MoodleMoot Hakodateに参加してきた

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先日、公立はこだて未来大学”>で行われた MoodleMoot Japan 2010に参加してきた。moodleというのはPHPで動作するオープンソースの授業用E-Learningソフトウェアのこと。具体的には、ディスカッションフォーラムで学生同士が議論をしたり、レポートの提出を電子的にさせたり (もちろん、そのフィードバックも可能)、自動採点機能のついた小テストを受けさせたりすることができる。インターフェイスは洗練されていない部分もあり (翻訳がまずかったり)、慣れるまで分かりにくいところもある。まあ、そんなのはどんなシステムでも一緒だ。なお、会場となった公立はこだて未来大学は、全学的にMacが導入されているようで、冒頭の写真のような教室ばかり (なお、残念ながら全てJISキーボードだったので、デモやTwitterには自前のMacBookを利用)。特に情報センターが独立しているわけでもなく、ふつうの教室として、Macが並んだ部屋が其処此処にある。ゲスト用の無線LANも使えるし、あらゆる教室、休憩コーナーで電源が利用可能なのは、本当にうちの大学にも見習ってもらいたい。なお、この大学の教員研究室は、うちの大学の個人研究室にあるいやらしい覗き窓などなく、廊下側が全てガラス張り (ブラインドをおろすことはできるが)。ゼミ室などの学習スペースも以下のようなありさま。開けっぴろげだ。エッチな写真とか見ていたらすぐにばれてしまう。

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さて、貴重な大学の予算でこのmoodleに関する研修会であるところのMoodleMootに参加させていただいたのだが、なんとなく全体的に「ゆるい」感じで、どのくらい発表者が本気でこのmoodleMootに臨んでいるのか疑わしい感じもした。だいたい、使い回しのスライドとか、スライドもハンドアウトもなしにmoodleの画面だけでプレゼンしたりとか、そういうことで本当に授業大丈夫? と首を傾げたくなるプレゼンも多かった。Twitter上で芦田宏直氏 (@HironaoAshida) が指摘しているように、「リアル授業の上手な教員のヒアリングなしにはe-ラーニングは成功しません」。E-Learningは魔法じゃない。

moodleは教育目標を達成するための有益なツールの一つであることは間違いない。さしずめ、心理学専攻の教育目標は「日本心理学会の「執筆・投稿の手びき」に従って、実験・調査・観察等の科学論文 (研究レポート) を執筆する」能力を涵養することにあるのだろうと理解している。これはどこにも明文化されていないが、具体的な目標はこれだ。心理学専攻の学生は、誰でも、必ず日本心理学会の「執筆・投稿の手びき」に従った卒業論文あるいは卒業研究の課題レポートの提出を求められ、これが通らなければ卒業できない。必ずしもキャリア形成とは結びついていないが、明確なディプロマポリシー (学位授与の方針) である。この教育目標を達成する上で重要なのは、実験や調査の方法を学び、それをレポートとして表現する能力を身につけることだが、それにはmoodleがとても役に立つという実感をここ1年くらいの間に持つに至った。

中西ゼミでは、基本的に少人数の班に分かれて共通の問題について自主的に研究を行うスタイルを採っている。このスタイルは2003年に赴任して以来基本的に変えていないが、moodleを導入してからその効率が非常によくなった (「科学論文を執筆させる」とか偉そうなことをいいながら、非科学的な実感論で申し訳ないが)。これまで、学生に班を作らせると、基本的には週に何度か学生同士で会って議論して研究を進めるというスタイルを採用していたようだ。学生同士が集まって議論していて分からないことが出てくると、「教えてください。いまhogehoge班はみんな実験棟にいます」と僕の内線に電話を入れてくる。残念ながら研究棟と実験棟は離れているので、向かうのは結構時間がかかる。で、行ってみると単にSASのプロシジャが分からないだけだったり、そういうことが多かった (「単に」と言っても、学生にとっては大問題)。学生はそれぞれサークル活動やアルバイトで「忙しい」。また、4年生になると就職活動でリアルな活動時間が大幅に制限される。そもそも心理学徒はアルバイトをしたりサークル活動にうつつを抜かしている時間などないはずだ、などと頭ごなしに怒鳴りつけるような時代でもないので、それは仕方のないことだ。彼らもデートをするための洋服を買うためにバイトが必要なのだ。出来の悪い教員によるストレスを発散するために身体を動かす必要もあるのだ。就職が決まらなければどんなにすばらしい卒論を書いても、将来がないのだ (そういうひとは進学して)。しかたがない。「授業より大事な用があるので帰ります」と早退する学生までいるのだから、こういうことをあれこれ言ってもしかたがない。

なんだっけ。そう、学生は忙しい。従って、班を作っても、1週間の間に1度も会う時間がとれなかったり、とれても非常に短い時間だけだったりすることが多かった。その場合、お互いメイル (学生がもっぱら連絡に使うのは「ケータイ」メイル) でやり取りしたり、単発の質問メイルを僕に送ってきたりするのだが、これが「文字が正確に伝わる伝言ゲーム」のような感じで非常にまどろっこしい。1つのことを伝えるのに何往復もメイルが必要だ。しかも、全く同じ質問が別のところから飛んでくることがある。そりゃそうだ、僕が誰かの質問に答えていることを別の学生が知っているわけはない。こういうタコツボ的学習だと、学生も教員も無駄にエネルギーを消耗してしまう。こんなことだから、あっという間に卒論の締め切り日が来てしまうのだ。

moodleを導入し、ディスカッションフォーラム上でやり取りするようになってからこういう無駄がほぼなくなった。学生同士でやり取りしている内容がこちらには分かるので、つまずいているポイントで教員側がヒントを与えたり、つっこみを入れたりすることができるし、僕が回答した内容はどの学生も見ることができる。それぞれの発言内容を得点化したり、発言数の一覧を学生ごとに表示することもできるので、「どの程度議論に積極的に参加したか」ということも数値化が可能なのだ。
レポート提出や卒論の草稿チェック等も、moodle上ですることで、「いつ卒論の草稿をもらうか」とか「いつフィードバックを返すか」という調整の面倒がなくなった。フィードバックもそのままファイルに赤を入れて返すことができるし、評価も学生がすぐに把握することができる。

毎週紙で行っていた小テストもmoodle上で行うようにしてあって、可能なものは自動採点を取り入れた。これだけで、授業時間を大幅に節約することができるし、フィードバックまでの期間が短くなるので、学生も内省がしやすい (はず)。小テストの問題は、問題作成が面倒なこと (MoodleMootでは、回答欄だけをmoodle上に設けておいて、問題は紙で提示すれば簡単、とあったけど、それはちょっと……) だが、4択限定ながら便利なツールもある (これもMoodleMootで知った)。

肝腎の学生の反応もとても良い。一部の機能 (「ファイルの高度なアップロード」については、説明を丁寧にする必要がある) を除き、ほぼ直感的な操作で使えるので、ゼミ生ともなると、結構頻繁にアクセスして情報交換を行っている。課題の提出率もオンラインになったから悪くなったとか、そういうこともない。授業の感想を書かせると、だいたい「E-Learningが使いやすかった」という意見が多く、使いにくいという意見は今のところ皆無だ (一時期サーヴァーにトラブルがあり、それについては苦情があった)。自動採点の内容が間違えているという苦情もたまにあるが、これは自由記述を自動採点させようという野望がそもそもいけないのだ (半角全角の判断とか、そういうのが面倒くさい)。でも、少しずつ改善されてはいる。いずれにしても、学生の評価は悪くない。

こんな感じでたいへん便利にmoodleを使わせていただいているのだが、まだ全学的な導入まではいっていない。現在、英語関係の科目でも予算を取ってmoodleを使い始めているところであり、可能であれば全学規模での導入を大学には決断してもらいたいところだ。実際のところ、moodleがあれば高価なグループウェアもいらない。事務連絡も全てmoodleでいい。メイルサーヴァーをGmailにアウトソーシングしてしまえば、さらにコストカットにつながるだろう (しかも便利だ)。うちの大学はよくも悪くもお役所的なので、ここまで大きな改革をやるとは思えないが……。